第23回 ボイル
ボイル (1627~1691)
「ボイル・シヤルルの法則」で知られるロバート・ボイルはアイルランドの伯爵家に生まれた。11歳の時に彼は家庭教師とヨーロッパを見聞する旅に出て、イタリアでガリレオ・ガリレイの弟子トリチェリが行った「トリチェリの実験」について知るところとなった。
それは一方を閉じたガラス管に水銀を満たし倒立させると、水銀は76センチの高さまで下りたところで止まり上部に真空ができるというものである。トリチェリはこれを大気の圧力が持ち上げていると考えた。しかし当時の人々はそれを信じなかった。というのもアリストテレスが「自然は真空を嫌う」と述べていたからである。
ボイルはこの問題に興味を持ちトリチェリの実験を追試してその結果を1660年に出版した。ところがイエズス会からたちまち反論が出された。「空気のような軽いものの圧力が重い水銀を持ち上げるはずがない」というのがその根拠である。ボイルはこの反論に打ち勝つには圧縮された空気の圧力が常識的に考えるよりはるかに大きいことを示す以外にはないと考えた。常識に対して疑う目、反論に対しては実証で報いるという姿勢が彼を新しい実験へと駆り立てた。ボイルは恵まれた財力によって、空気の体積が二分の一、三分の一になったときどこまで水銀柱が上がるかを装置を作って実験した。こうして彼は、「ボイルの法則」にたどりついたのである。