第65回 オッペンハイマー
オッペンハイマー (1904~1967)
古代インドで誕生した「マハーバーラタ」は現在もヒンドゥ教文化圏の精神的支柱を成す叙事詩である。詩の本題は反目する二王族の戦いであるが、ここに「千の太陽が天空で一時に輝く」ような明るさで「何もかも奪い取る死神、宇宙を揺り動かすもの」と形容される最終兵器が登場する。この詩が生まれて約2400年後、ついに人間はその力を手にした。原子爆弾である。
第二次世界大戦中にアメリカが立てた原爆開発計画は「マンハッタン計画」と名付けられ、世界的に優秀な頭脳が集められた。彼らをまとめる研究所所長には、自らも優れた科学者であり、同時に多方面にわたる理解力を持つ人物が求められていた。これらの条件を満たし、所長に就任したのは、当時41歳の物理学者、ジョン・オッペンハイマーである。
彼は青年時代に語学の天才と称され、ダンテを原書で味わい、インドの経典を愛読するなど、専門以外の分野にも造詣が深かった。彼を所長に擁し、計画は順調に進んだ。就任2年後の1945年、世界初の原爆実験が成功。実験に立ち会った彼は、爆発と同時に、冒頭の叙事詩の一節を思い浮かべ、原子力が「生と死の両面を持った神」であることを実感したのである。大戦が終わると、彼は所長を辞任した。
戦後まもなく米ソ冷戦が始まると、アメリカは水爆の開発計画に着手したが、彼はこれには反対した。オッペンハイマーは自らが生んだ「神」に苦悩し、人がその力を持つことを危惧したのである。