第38回 マルコ・ポーロ
マルコ・ポーロ (1254~1324)
今日、私たちは世界各地の情報を殆どリアルタイムで知ることができる。ところが皮肉なことに、別の意味で報道に対する疑いはむしろ深くなってきている。
マルコ・ポーロの『東方見聞録』が出版された時、当時の人々は疑いとあざけりをもってこれを読んだ。無理もない。コロンブスの新大陸発見などが続く大発見時代から遡ること、2百年も前の話である。マルコ・ポーロは探検家でもなければ著述家でもなかった。だから最初からこのような本を出すつもりで旅をしたのではなかった。
彼の父はベネチアの貿易商であったが、当時中央アジアを支配していたフビライと交流を持つようになった。父と一緒に旅をしていたマルコはフビライに気に入られ、密使として仕えることになるのである。この時の体験が『東方見聞録』のもとになっている。
フビライの死を契機としてマルコはベネチアに戻るが当時のベネチアは隣国と戦争をしていた。戦争に負け捕えられたマルコは牢獄で、ある作家と出会う。このとき話したことを後にその作家がまとめたのが『東方見聞録』である。
死の床にあったとき、友人のひとりが、彼の物語のなかの大げさな言い回しを直す気はないかと尋ねたら「私は自分の見たことの半分も書かなかったんだよ」というのがマルコの答えだった。彼の話に間違いがなかったことは、その後の探検家によって証明された。